公的中小企業支援と向き合い続けた20年小出宗昭STORY

すべてのはじまりは2001年、勤務先の銀行から、起業して間もない人達が入居する公的起業支援施設「SOHOしずおか」への突然の「出向」でした。

そこでは、勤め先の銀行のような「与えられる」ゴールやマニュアルは一切無し。

何をすればいい? 1から考えるしかありませんでした。

私は、起業家たちの部屋を訪れては徹底的に話し合いました。

明確にわかったことは、みんな「ネットワークがほしい」。

それは仕事につながる出会いでした。

銀行員としての経験から、地域の中小企業は何かしら課題を抱えていることはわかっていました。

起業家が課題を解決できる。

当初、私の仕事は「入居する起業家の相談にのること」とされていましたが、SOHOしずおかを「地域の起業家や経営者が相談に来るところ」にして、入居者にはもちろんのこと、地域に仕事が還流する仕組みをつくろうと考えました。

それにしても施設の存在が一般に知られていない。

入居者の力を借りながら、セミナーをはじめとした様ざまな仕掛けを企画し実行していきました。

また、出向当初から公的な中小企業支援制度について徹底的にリサーチしました。

すると、ありとあらゆる支援制度が用意されていることに驚きました。

ただ、どれもメリットがわかりづらく、中小企業はどう利用したら良いか見当がつかないのではないかと思いました。

ここに相談に来るとどんなメリットがあるのか? 公的起業支援施設として、わかりやすい成功事例を生むことと、自ら積極的に情報発信することが必要だ。

私は、「結果」を出し、それを広く知ってもらうことに全力で取り組みました。

2005年に政府による表彰制度で支援者として最優秀賞を受賞すると、講演や政府の政策委員会委員の依頼が多数入るようになりました。

国の会議等では、支援担当者の信じがたい発言を耳にしました。

「起業させてはいけない人がいる」?

「やる気のある経営者が少ないから相談に来ない」???

銀行での取引を通じて出会った経営者たちは、融資を受けた瞬間に連帯保証人となり、自宅を担保に提供するなど、まさに「人生を賭けて」生きていました。

必死で売上をあげ、従業員に給料を払い、顧客や社会の期待に応える仕事をしようとしている彼らにやる気がない訳ありません。

悩みや課題を抱えていない経営者はいない。

すべての経営者は今よりもよくありたいと考えています。

ですから、そこに行けば自分たちの会社が良くなるのであれば、その施設には相談の行列ができるはずです。

これは、身体に何か問題を抱えている患者が、評判の良い医療機関に殺到するのと同じことです。

相談件数は、その支援機関が真に求められているかどうかを測るバロメーターです。

故郷の町から依頼を受け、2008年に銀行を退職してたちあげた会社で「富士市産業支援センターf-Biz」の運営を受託した時には、全国の都市における産業支援施設・産業支援プロジェクトのロールモデルになることを目標に掲げ業務に励みました。

新商品や売上増など多くの結果が生まれ、相談件数が右肩上がりで伸びる中、全国各地の自治体等から年間40組前後が視察に来るようになりました。

私はその人達に、中小企業支援のあるべき姿はこうではないかと訴え続けました。

地域の誰もが起業や経営の相談をでき、課題解決に向けた手がかりが得られる。

支援者は全国から公募し、地元の経営者自身が相談したいと思える人を選ぶ。

資格や経験よりも、適性の有無を問う。

支援手法は、「お金をかけず」「知恵やアイデアを使って」「新たな価値を生み出す」が基本。

結果が出るまでサポートする。

そして、結果が出ない支援プロジェクトは廃止する。

次第に、このような考え方の元に開設される中小企業支援施設が全国に生まれ始めました。

当初は「小出だからできる」といわれ拡がりを否定されることもありましたが、各地で結果が出始めるとそういった声は聞こえなくなりました。

また人材の公募を通じ、ビジネスの第一線で活躍している人達の中には、支援者としての資質があり、これまでの経験を地域で活かしたいと考えている人がいることがわかりました。

日本の99.7%を占める中小企業が元気になることは、地域活性化に欠かせません。

一つひとつは小さなイノベーションでも、点が面のように拡がれば、日本全国を元気にすることができる。

そう信じて、私は今日も全力で、挑戦を続ける地域のチャレンジャー達と向き合い続けています。

【期間限定】日経産業新聞「仕事人秘録」小出宗昭インタビュー 行列のできる経営相談所 連載全記事
小出宗昭 プロフィール/著書
小出宗昭 メディア掲載/出演
小出宗昭 講演会/セミナー